仮想の嘘か|かそうのうそか
Imaginary Lie
第15回 shiseido art egg 第二期 菅実花 展
会期:2021年10月19日(火)-11月14日(日)
平 日:11:00-19:00日•祝:11:00-18:00休館日:毎週月曜日
※月曜日が祝祭日にあたる場合も休館
資生堂ギャラリー
第15回shiseido art egg 第2期は、菅実花による「仮想の嘘か|かそうのうそか」を開催します。
菅は、これまで生殖をテーマに、人形を写真に撮ることで「人間とは何か」を探求してきました。
本展では、2019年より取り組んでいる、作者自身の頭部を型取りして作った人形と一緒に撮影するセルフ・ポートレート「あなたを離さない/I Won’t Let You Go」シリーズの最新作を展示します。すでに畜産業などで実用されている体細胞クローン技術を踏まえ、「人工的な双子」としてのクローンを描いています。ギャラリーの空間は、写真・映像・インスタレーションによって構成されており、展示された作品群は、19世紀から20世紀にかけてサイエンス・フィクションに登場する人造人間の系譜と、同時代に発明された光学機器にヒントを得て制作されています。
万華鏡に見立てられた空間では、イメージがリフレクションします。視覚認識を揺さぶる展示は、近未来の価値観の変化を予感させ、鑑賞者に新たな世界を提示してくれるでしょう。WORKS
《分身万華鏡》
Double Teleidoscope
2021video1'47" loop《注意深く見るための機械 05》
Watchful Machine 05
2021
fresnel lens, iron
《パラダイス シフト》
Paradise Shift
2021
woods, plexiglass, monitors, video2'29"loop, prisms, iPhone, turn table, telescope, table, chairs, stools, floor lights, air plants, fake plants, paintings, inkjet print, easel, mirrors, wallpaper
制作協力:And Greenworks株式会社 PLANTS and LIVING
Information
会期:2021年10月19日(火)-11月14日(日)
平 日:11:00-19:00
日•祝:11:00-18:00
休館日:毎週月曜日
※月曜日が祝祭日にあたる場合も休館
入場料:無料
会期終了しました
※新型コロナウイルスの感染状況により、スケジュール及び内容に一部変更が生じる場合があります。住所:〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目8−3 資生堂銀座ビル B1F
Text
by Mika Kan18世紀の終わり頃から幻灯機(ランプとレンズを用いたスライドプロジェクター)によって幽霊のイメージを煙幕などに映す怪奇ショー「ファンタスマゴリア」の興業がイギリスをはじめとする各地で行われた。やがて写真術が発明されると、手彩色だったスライドにも応用されるようになった。一方で、1862年に「ダークスのファンタスマゴリア」として評判になった演劇では、幻灯機とは別の「ペッパーズゴースト」という機構が使用された。この装置は、舞台上の実際のセットとガラスに映る虚像の幽霊役を重ねて見せるものだ。観客は、演出された人工の幽霊と知りつつも、本物の幽霊を想起し恐怖したという。
光学機器の発明が相次いだこの時代、文学ではそれらとともに双子や分身というモチーフが描かれ、自己の二重性や自我の葛藤といったテーマが探求された。ドイツ・ロマン派の作家E・T・A・ホフマンは、日記に「私は私の自我を、万華鏡を通して覗いて見た−私の周囲を動ける総ての形姿は、私の自我である。」と記している。ホフマンの『砂男』(1816)では、主人公が望遠鏡を通して見えた自動人形を人間の女性だと思い込む。光学機器は光を反射し屈折させ、イメージを増殖させて視覚幻想を引き起こすのだ。
ところが20世紀初頭にかけて光の正体が解明されるにつれて、文学の中から超自然的なモチーフは徐々に姿を消した。かわりに人間そっくりな機械仕掛けのアンドロイドや細胞培養によって作られた人造人間が登場する。カメラのようなコピー装置で人間を複製したり、人工授精で怪物的な子供が生まれたり、といった発想もこの時代のものだ。
1920年代に登場した「人形写真」は、虚構の世界を一時的に信じさせるという点で、演劇に似ている。人工の幽霊が幽霊役を演じたように、「人形写真」では人工の人間である人形が人間を演じる。人形は明らかに生命のないモノなのに、どうしても人間的な何かを感じてしまう。「人形写真」は、写真が事実の痕跡を再現すると信じられたからこそ成立した表現だった。しかし、フィルターを通して歪められ、さらにデジタル加工を加えて画像を作ることができる現在、事実を確かめる術はない。偽物と本物の区別が限りなく曖昧になったとき、私たちは何を見ていることになるのだろうか。
幻灯機
17世紀には興業や布教に使われていたと言われている。「ファンタスマゴリア」に発展したのは図像を動かすことができるようになった18世紀から。スライドを複数重ねたり、幻灯機そのものを動かして様々な演出が加えられた。日本にも伝来し、1779年に刊行された手品の解説書『天狗通』で紹介されている。やがて映画の発展とともに全世界的に下火になっていった。Image by Alphonse de Neuville or A. Jahandier - F. Marion "L'Optique" (1867)写真術
1839年にフランスのダゲールが特許を取得したダゲレオタイプが世界で一番最初に普及した写真術。鏡状の支持体の上に鮮明な図像が定着されることが特徴である。1851年にイギリスのフレデリック・アーチャーが発表したコロディオンプロセス(湿板写真)は、ガラス板に図像を定着させる技法だ。湿板写真を用いた幻灯写真(幻灯機用のスライド)が残されている。photo by Mika Kan(2018)ペッパーズゴースト
1862年にイギリスの王立科学技術会館(現在のウェストミンスター大学)の講師だったジョン・ペッパーが改良した視覚トリック。劇場などで、透明な板ガラスと照明技術を使用し、舞台上にある実際のセットや役者とガラスに写る虚像の「幽霊」を重ねて見せる。観客から見えない位置に「幽霊」役の役者やオブジェを配置し、照明を当てることでガラスに像が反射し、観客からは舞台上に「幽霊」が出現したかのように見える。現代でも、遊園地のお化け屋敷や音楽のライブなどで使用され、擬似ホログラムと呼ばれることがある。Image by Le Monde Illustré(1862)鏡と自己認識
1835年に現在のようにはっきりと映る鏡が生産されるようになった。これによって、大多数の人々は初めて自分の顔を鏡に写して鮮明に見ることができるようになった。1858年から写真館を営んでいるナダールは著書の中で、出来上がった写真に対して「これは自分ではない」とクレームが寄せられたことをあげ、自分の姿形に対して主観的なイメージを持っている人々にとって写真に写ったありのままの自分の姿は幻滅をもたらすものだったと書いている。photo by Mika Kan(2021)分身
分身やドッペルゲンガー 、双子をモチーフに自己の二重性や自我の葛藤を表現した小説としては、エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』(1839)、『ウィリアム・ウィルソン』(1839)がまず挙げられる。メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818)も比喩的に分身を示すとされる。オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』(1890)は、絵画とモデルの関係が分身として描かれる。アドルフォ・ビオイ=カサーレスの『モレルの発明』(1940)は、コピー装置によって人間が実態のある立体映像としてコピーされる。日本では芥川龍之介や、江戸川乱歩らが影響を受けている。photo by Mika Kan(2021)万華鏡
1816年にスコットランドの物理学・天文学者のディヴィッド・ブリュースターが発見。灯台の灯りを遠くまで届ける研究をしている最中に、映り合う鏡に模様状に像が見えることを発見した。1819年に日本に技術が伝わり、「百色眼鏡(ひゃくいろめがね)」「万華鏡(ばんかきょう)」「錦眼鏡(にしきめがね)」として親しまれた。装置外の景色が映り込むテレイドスコープは、望遠鏡(テレスコープ)と万華鏡(カレイドスコープ)が合わさったもの。本作《分身万華鏡》は、人工水晶を使用した自作の遠華鏡を用いて撮影した。photo by Mika Kan (2021)光
20世紀初頭まで、空気中にはエーテルという物質が充満しており、光はそのエーテルを伝わる振動だと考えられていた。1666年にニュートンがプリズムによって白色光を分光し、発現した虹色の帯をスペクトラムと名付けた。これはもともと、ラテン語で「亡霊」や「幻影」を意味する言葉である。エーテルの存在が否定されるまでの間、写真はスペクトラム(魂の構成要素)の一部を吸い取り定着させるものというスピリチュアリズム的な解釈がなされることがあった。photo by Mika Kan(2021)人造人間
古くから、人型の人工物を作り出すという物語が見られる。ギリシア神話のピグマリオンは、彫像に命が宿る。機死体の継ぎ接ぎを生き返らせる『フランケンシュタイン』(1818)、機械仕掛けの人造美女を作り出す『未来のイヴ』(1886)、聖女のような女性マリアをコピーして作られるロボットが登場する映画「メトロポリス 」(1927)、同作でマリア(ロボット兼)役だったブリギッテ・ヘルムが、人工授精によって生まれた怪物的な女性を演じる「妖花アラウネ」(1927)など。photo by Mika Kan (2021)人形写真
バウハウスのモホリ=ナギが『絵画・写真・映画』(1927)で人形をストレートに撮影することでモノでありながらも生命を感じさせるという表現効果を取り上げて以来、著名な写真家が取り組んでいる。どれも人間と人形の見分けがつくことが前提となっている。本展覧会と同じ「あなたを離さない」シリーズの、スマートフォンアプリを使用した作品《#selfiewithme》(2020)では、人間と人形の見分けのつかない鑑賞者が続出した。photo by Mika Kan "#selfiewithme 004"(2020)分光
本作《眼の中の光》のグラスアイと、《ステイ パラダイス》《パラダイス シフト》内のペッパーズゴーストの映像の中で身につけているアクセサリーはダイクロイックガラスを使用して作られている。ダイクロイックガラスは、ガラスの片面に金属を蒸着させたもの。光の角度によって反射される色相が変わり、特定の固有色ではなく様々な色味が見える。(作中で使用したグラスアイ、アクセサリーは大鎌章弘氏の作)photo by Mika Kan(2021)インフィニティミラー
ハーフミラーを合わせ鏡にして、内側に光源を置くことで、内側のオブジェが反復して無限に続いているように見える。万華鏡とペッパーズゴーストが応用されている。19世紀の時点でジョン・ペッパーが原理を解明しているが、実用化されたのはLEDライトが普及した1990年代以降である。photo by Mika Kan "The Light in the Eye"(2021)クローン
1997年に世界初の哺乳類の体細胞クローン技術によって羊のドリーが作り出された。創作物もその影響を受け、クローンを題材にした映画が数多くつくられた。『エイリアン4』(1997)、『シックス・デイ』(2000)、『アイランド』(2005)、『月に囚われた男』(2009)、『わたしを離さないで』(2010)、『オブリビオン』(2013)などがある。photo by Mika Kan (2020)展覧会タイトル
前から読んでも後ろから読んでも同じ、回文になっています。「の」を中心に反射する鏡のようなイメージです。「仮想」には、「仮定としての想像」と「バーチャルの」という意味があります。作品は「もしそうだとしたら」と想定して表現する「嘘」なのでしょうか?あるいは写っているものはデジタルで改変された「嘘」の姿なのでしょうか?終助詞の「か」は疑問だけでなく反語も表します。疑問ならば「仮想の嘘か?」ですが、私はハテナを付けませんでした。願わくば「仮想の嘘か(いや、そうではない)」と読むことが可能であってほしいです。「パラダイス」
私は現在、千葉県松戸市にあるアーティスト・イン・レジデンス(AIR)「パラダイスエア」の一室をスタジオとして借りて作品制作をしています。元々ホテルだったビルを活用しているため、部屋の内装がそのまま活かされています。そこに自分で家具や機材を追加して、作業しやすいスタジオに整えていきました。
ステイ パラダイス
コロナ禍で出された「ステイホーム」の宣言は、私にとってはスタジオに一人で籠もって黙々と制作する「ステイパラダイス」を意味しました。人間と直接会うことを極力避け、代わりに人形とずっとに一緒にいた結果、型取りから3年目にして、たまに話しかける間柄になりました。
パラダイス シフト
ビルの1Fはパチンコ「楽園」で、そこからレジデンスが「パラダイス」と名付けられました。「楽園」から追い出されれば生の苦しみを負うのでしょうか。だったら、私はここに居続けるために自分自身も変質させようと考えました。こだわっていた写真作品から飛び出し、インスタレーションやデジタル合成を駆使した映像に取り組んで、当たり前を更新していくことが必要でした。《パラダイス シフト》内の黒い箱は、「ペッパーズゴースト」をモニターで再現したものです。「人間とは何か」を探究し、自分自身も変質させた結果、パラダイスの「ゴースト」は人間と人形のあいだにいる何かになりました。More Information
バーチャルツアーが公開されました。
ギャラリー空間を4Kカメラで撮影した3D記録です。
VR、ブラウザでご覧いただけます。
Podcast番組にゲスト出演しました。
10/30配信開始「#041 人形はビジネスパートナー。美術作家菅実花の作品と制作について」
11/6配信開始「#042 人間って何だ?と悩ませたい。美術作家 菅実花の想い」
菅実花の連載「四時の彼女」で、制作や展覧会についてのエッセイと作品画像を掲載しています。2021年11月5日号(3414号)より毎週一面に掲載。(号により本展覧会以外の内容の場合がございます。)
過去作品や展覧会等の画像をご覧いただけます。
Article
Web & Magazine資生堂ギャラリー(開催中の展覧会)
朝日新聞夕刊10/26
Art Guide Tokyo
artscapeレビュー
hibiA
Tokyo Live & Exhibits
NeoL
Walker +(ウォーカープラス)
anan 9/22発売号No.2266
『花椿』2021年秋冬号(No. 829)
『週刊読書人』2021年11月5日号(3414号)
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展覧会の写真・動画撮影は全てOKです。#仮想の嘘か #かそうのうそか